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46枚目から。

舞台と音楽のある暮し。

錦戸担の私が錦戸亮のいないNEWSを好きになった理由。

140字にまとめきれないことをここに書こうと思って始めたブログですが、就職が決まってからなかなか忙しくて140字以上の物を書く時間がなかったので、気づいたら1ヶ月も更新していませんでした。

ご存知の方も多いかと思いますが、

NEWS担デビューしました。

加藤シゲアキが相当ツボに入っています。

シゲアキ担デビューしたきっかけとかはとりあえず今までのツイートとか見てくださってる方はいやもういいよ....ってなると思うので割愛。

ここ1週間、様々なNEWSを大量に摂取しました。

突然ではありますが、ここで私がジャニヲタじゃなかった頃のお話をさせてください。

ジャニヲタじゃなかったころの私が今でも覚えているワイドショーでの話題。

錦戸亮がNEWSをやめるらしい。

昔から錦戸亮に対しては少しだけアンテナが高かった私なので、その話題はジャニヲタじゃなかった私にも衝撃を与えたものでした。

ジャニヲタじゃなかったと言っても、小学校の頃は野ブタ旋風がありましたんで、ジャニヲタの友達もいたし、ジャニーズの曲もそこそこ知っていたし、踊れる曲もありました。

でも、そんな華やかな世界が眩しすぎて、ジャニーズはよくないとか、ジャニーズは嫌いだとかいう時期が中学から高校まで何年もありました。

NEWSというグループは、山下智久を筆頭に、錦戸亮手越祐也、私には眩しすぎた「ジャニーズアイドル」像が際立っていた、でもそれでも自分にとっては小学生時代の思い出とともに懐かしさもあるものでした。

キラキラした近寄りがたいアイドル像をNEWSに見出していた当時の私は、NEWSを辞め、関ジャニ∞に残りたいと言った錦戸亮の気持ちが理解できなかった反面、どこか「錦戸くんは関ジャニ∞を選んだんだ。良かった」なんてことを、蚊帳の外から感じていました。関ジャニ∞はその親しみやすさから、他のジャニーズアイドルとは違う、当時から私にそう思わせていた存在でした。

エイターになってようやっと3年が経ちます。錦戸亮さんは今でも私の心をグッと掴んで離しません。

でも。

NEWSが好きになったのは、

「錦戸くんが昔いたから」という理由では100%ないということがわかりました。

細かいことは省略しますが、
6人だったころのNEWSと、
4人である今のNEWSと、

私にとってNEWSとしてどちらが魅力的に写っているかといえば、圧倒的に後者です。

6人だったころのNEWSの映像を見ている自分はどんな気持ちかというと、関ジャニ∞で1番好きな錦戸亮の歴史を振り返っている気持ちで、決してNEWSが好きな自分とは呼べないと感じています。

今は、昔はとかいうことは、いろいろ思うことがある人もたくさんいると思うので、どっちがいい・悪いなんて言うつもりは全くありませんが、

ただ、私にとっては

4人であるNEWSを
好きになるべくして好きになった
そういうタイミングだった

と思っています。

現在のNEWSと錦戸亮さんの付かず離れずな距離感がとても魅力的だと思っています。少クラで共演したのを見たときからそれは思っていることで。もう絶対に戻ることはないけれど、いろいろあったことも今では笑って話せるよね、なんてそんな感じが垣間見えて。加藤シゲアキさんのチカラウタ然り。

そして、4人であるNEWSの何が魅力的なのか。

奏でる音楽が、センセーショナルというか、色鮮やかというか。

6人のときに、たぶん、いや、絶対、
チャンカパーナなんて歌えなかったと思うんですよ。

6人のNEWSの曲って良くも悪くも、「典型的なアイドルソング」(個人の感想です)

それに比べて、チャンカパーナ以降のNEWSは、一皮むけたような、型にハマらないような個性的な曲が多いですよね。
もしかしたら言い方悪いかもしれませんが、「必死」だと思ったんです。9人いたメンバーが、6人を経て、ついに4人になってしまった。部外者の私がいうのもおこがましいんですが、ほんとうに、ほんとうにいろいろあったんだと思います。そんな中で、自分たちが光るために、自分たちを燃やしてるように見えました。
それが自分には閃光のように映ったわけです。

この記事は、
NEWSで1番好きなのは、加藤シゲアキであると言えるようになるための自分の覚え書きであり、
関ジャニ∞錦戸亮の選択を改めて全肯定する意思表示です。

だから、誰かに向けているというよりは自分が頭の中を整理するために書きました。笑
こんなよくわかんない文章をわざわざここまで読んでいただいてほんとうにありがとうございました。

美しい入り江

今日はもう眠くなって来たので手短に。

OKAMOTO'Sが、Google翻訳とコラボして発表した"Lagoon"という曲のミュージックビデオがカッコいいです。

Google翻訳スマートフォン搭載のカメラを利用し、カメラに写した文字列を別言語に変換するアプリで、最近Twitterでなんかのアニメみたいでカッコいいって話題になってますよね(何のアニメかわからないってのが私の詰めの甘さ)

Lagoonは元々ミュージックビデオのない曲だったみたいなので、今回新たに作られたのがこのGoogle翻訳コラボというやつらしいんですが、画面の下にスマートフォンが置かれて、元の映像と文字列翻訳後の映像がシンクしてるっていう面白いビデオです。街の中のシャッターに書かれた文字列、レコードのタイトル、スケッチブックの文字、ラーメン屋のメニュー表など、街中にごくごく普通にある文字列がパッと違和感なく別言語に切り替わる様がすごく面白いです。(演出として精度が上がっているだけかもしれませんがそこは目をつぶりましょうw)

なんとなくなんですが、スマートフォンをかざしたらすでに変わってるんじゃなくて、一回文字列がそのまま写ってからパッと翻訳されるところが好きですね。「変わった!!」って感動があるからなんでしょうか。

あと個人的にひとつ気になっているのは、

最後「DETECTIVE」って書かれた眼鏡をかけている人が、画面の中のスマートフォンを見つけて押収するってシーンで終わるんですよ。

ラーメン屋にいるシーンでも、文字列の入った眼鏡をかけている人が何人か登場するんです。その人たちはカメラに写って翻訳されます。だけど最後のDETECTIVEさんだけは、眼鏡がギリギリ写らないように近寄って来てスマートフォンを押収していくんです。

なんか意味があるのかな。DETECTIVEだからバレちゃいけないとかそういう意味かな(笑)

気になった方はぜひご覧ください

https://youtu.be/xKh4X0vQTJs

三浦春馬という役者

先日、地球ゴージャスプレゼンツ「海盗セブン」という舞台をDVDで観ました。

地球ゴージャスは昨年の「Love Bugs」で初体験しました。城田優さんが主演みたいな形で、マルシアさんなんていう「テレビのひと!!」もいるし、元宝塚の蘭寿とむさんに落ちかけた思い出なんかもあります。あとは地球ゴージャスってねぇ、ゴージャスって言い過ぎちゃうか?と思ってたら本当に足元掬われますからね。ゴージャスという言葉すら地球ゴージャスのド派手さ、華々しさからしたら劣るんじゃないかってくらいwアンサンブルキャストの一糸乱れない、かつ大きな舞台が足りないくらい彼方此方へ動き回る様子と、その大勢の中でも霞まない(当たり前だけど)ひとりひとりキャラクターの立ったメインキャストの圧巻のパフォーマンス。舞台好きな人は一回劇場で見た方がいいと思います。迫力がすごいから。

Love Bugsを観た一週間後くらいに、ブックオフで海盗セブンのDVDを見つけたので、衝動買いのような形で購入。

でも、舞台のDVDって、最近は忙しいのもあってなかなか見ようって気にならないんですよね。映画もそう。

DVDだとどこか「いつでも観れるやん」って思ってしまうところがあって、結局レンタルビデオも延滞して観ないで返すという勿体無い事態が相次いでいて「あんたレンタルビデオ向いてへんわ」って友人に言われました。

映画とか、劇場に行けば、その日のその時間の予定をしっかり空けて、気持ちを作って観る事ができるので、拘束時間がある方が私には向いているみたいです。(笑)

まぁその話は置いておきまして。

そんな前に買っておいた舞台をなんで今見ようと覚悟が整ったかと言いますのは、 職場が変わって、有難いことに大好きな舞台に関われる仕事に携わることになりまして、それにかこつけて改めていろんなジャンルのエンタメに触れておきたいと思ったのです。

なんの話してたんでしたっけ。あっそうか地球ゴージャスの海盗セブンね。

お話としては、まぁタイトルから想像つくかもしれませんが、世界で最も有名で、優秀な盗賊といわれ、最後に盗むものがなくなった彼らが最後に7つの海を盗んだという伝説を持つためその名がついた海盗セブンという7人の盗賊が居て、その噂を聞きつけたフィクサージョーという銭ゲバのおじさんが金儲けのためにその7人を自分の屋敷に招いたことから起こる騙し合いあり、笑いあり、涙ありのエンターテイメント作品です。

地球ゴージャス主宰の岸谷五朗さんと寺脇康文さんは、安定のダンディおじさんなんですよとにかく。ボケてはツッコんで、でもキメるときはしっかりヒットを打ってくる。アラフィフおじさんの鑑ですねほんとに。 そして大地真央さん。さすが元宝塚、煌びやかな衣装を着てもぜんっぜん負けないほどの内からの輝きね。そんな人が古いギャグとか小ボケ挟んできたらそりゃ笑うわ。ずるい。 それから森公美子さん。バラエティでしか見たことないから一度歌手、演じ手としてのモリクミさんを見てみたいと思ってたのですごく嬉しかった。ただ、少し残念だったのは、大地真央さんと姉妹役だったので、大地真央さん演じるカマイタチ瑛子のコピーであり、ネタ要員全開なところがあって、自分の期待してたところと違っていたので、他のもぜひ見てみたいと思いました。

そして、ようやく本題に辿り着いたけど。

三浦春馬という役者のポテンシャルがすごい。

三浦春馬くんといえば恋空だったりごくせんだったり、映画・ドラマの主演で今をときめく若手俳優って感じのイメージだったんですけど、舞台役者としての演技の幅をしっかり持ってる人なんだと思って、すっかりファンになってしまいました。

この海盗セブンでの三浦くんは、ワイルドアッパーという、7人の中でも若くて勢いのある盗賊なんですけど、もう自分!自分!自信が服着て歩いてるみたいな役なんですけど、とにかくぶっ飛んでるんですわ。必殺技である破壊力抜群のアッパーの欠点が遅すぎて相手に見切られてしまうという可愛さ付き。 でも、その裏には、愛に飢えて、認められたいと願ってきた繊細な思いがあり、その裏側までしっかり観客に届けてくれる。 あと歌とダンスね。舞台で声出すのってそれだけで大変だと思うし、ましてワイルドアッパーの歌なんてアップテンポな曲ばっかりなので、あれを歌って踊って演じきれるというところはもっとみなさんに知ってもらいたい。

あと、個人的な思いとしては、あの役、あと15年早かったら戸次重幸がだいぶハマり役だと思います。ああゆう戸次さん本当に好きだし、あんなキャラとっても好きだから、ぜひ見たかった。今はもういいおじさんですからね彼も。あの青臭さはもう出ないんだろうな。妄想で補填しましょう。(笑)

三浦くんの舞台があるという情報がありましたら、わたくしまでご一報ください。次こそ飛んでいきます。

Errorという歌

SEKAI NO OWARIの曲で

私的ベスト5に入るErrorという曲があります。

Hey Hoというシングルのカップリングになっている曲なんですが、深瀬さんにしか書けない物語テイストで、強い言葉を惜しまず使う歌詞が好きです。


歌詞をまるっと全部書くと最近はkスラックとかいう人たちがうるさいみたいなので、簡単に歌詞の内容を紹介します。気になる人はぜひ聴いてください。


主人公はロボット。人殺しのために作られた兵器です。そんな彼は上官からずっと「人を愛すと自分が弱くなるからだめだ」と教え込まれ、人を傷つけることで褒められて育ってきました。そんなある日、たった1人で戦っている女性に恋心を抱きます。いっぱいの花束をあげたり、料理を作ってあげたり、アプローチを試みますが、なんせ相手は人間ですから、気持ちなんかわかるわけありません。しかし、不器用ながら彼女に接していく中で人を愛することを覚えます。そこで頭をよぎるのは、叩き込まれてきた「愛し、守るものがあると弱くなる」という教え。葛藤する彼に想い人はこう言い聞かせます。「自分の弱さを知れるのは強いということなの」と。


ここまでが大筋。

この後にやってくるのが、今回考察したい歌詞になります。


『夜空に容赦なく降る銃弾

弾が当たったことなんかなかったのに

腕の中にいる君を見てわかったんだ

僕は君の家族になりたかったんだ


*僕は戦うために作られた

軍事用ロボットとして生まれた

たくさんの人を傷つけて

勝つたびに褒められた』


(SEKAI NO OWARI / Error)

*の部分は歌い出しと同じです。


ここでとっても気になるのは、

①誰が死んだ(壊れた)のか

②*の部分で彼は何を思っているのか


僕は君の家族になりた「かった」と言っていることもありますが、深瀬さんの書くラブソングにはバッドエンドが多いので、この恋は実らなかったものだと想像がつきます。ただ、深瀬さんの書くラブソングの実らなさは、片想いのせいではないことが多いです。この曲と対にされることが多い不死鳥という曲は人間の彼が不死身の彼女に恋をする話になっており、スノーマジックファンタジーでも人間の彼と妖精との恋を描いていますが、全て「死」が2人を別ちます。

銃弾の中を逃げ回ってるわけですから、そりゃあどっちか死ぬ(壊れる)に決まってますよね(笑)

ただ、気になるのは、「弾が当たったことなんかなかったのに」という文言があるということは、少なくとも彼の方にもダメージがあるはずです。しかし、「腕の中の〜」という歌詞から、腕の中にいる今にも息絶えそうな彼女を見て、という解釈もできます。


別にどっちが死んだかとか別にいいじゃん!っていうとね、私からしたらそうじゃないんですよ。どっちが死んだかわからないと、最後にして最大の謎である②*の部分の解釈がだいぶ変わってくるわけです。


なぜ、歌い出しと同じ歌詞を最後に持ってきたんでしょうか?

どうやって聴いても、人を愛することを知らなかった頃の彼とは全然違うような気がします。


では、どちらが死んだかをケース別にして*を読み解いてみます。


⑴彼が壊れた

戦うために作られた自分を回顧し、嘲笑い、愛を知った自分に満ち足りた思いを抱いているように聴こえる


⑵彼女が死んだ

愛を知らなければ強いままでいられたと思い、心を閉ざしてしまった、もしくは「やっぱり戦うことが運命なんだ、逆らえないんだ」という虚無感を感じる


ここまで書いていたら、⑵の線がやっぱ濃厚かなと思えてきましたね。状況的に彼女が死んでそう。腕に彼女抱く体力が残ってるのにいきなり壊れないでしょ(笑)

あとは、彼女が死んだ悲しみで再び「エラー」を起こして記憶が飛んだか、ってとこですかね。


ここまで考えさせる(というか勝手に考えてるだけやけど)深瀬さんの歌詞本当に好きです。殺しちゃおうとか歌詞に書けちゃう深瀬さん好きです。


タルカス楽しかったです。ありがとうございました。